1990年4〜5月 トルコ周遊の旅 (25/29)   
5月5日 土曜日  「ターキッシュコーヒー」

  皆の不安感を乗せたままバスは一路南へ。やがて西へ進路を取り、山の中に入っていきます。ホテル名は「EDEN BEACH HOTEL」山を越えた海辺に建つホテルなのでしょう。
 押し黙った人々を乗せてバスは更に走ります。と、その時バスが緊急停車。助手を叱り飛ばすようにして、運転手が指示を出します。どうやら道を間違えたようで、崖が迫る道をゆっくりバック。一瞬崖から落ちるかとひやひやしましたが、なんとか難局を乗り切りました。でも、迷った道でバスから写真を撮る人もいるという、心の余裕はありました。

  ビデオ画像予定    9時半頃には遠くに光が見えていましたが、結局ホテルに着いたのは、午後10時半頃。道を間違えたこともあり、山道をくねくね走ったので、結局ノンストップで100キロ以上走り続けての到着です。
     
  ビデオ画像予定      さて、ようやく休めると思った我々に、更に過酷な通告がありました。
 翌日の飛行機は10時55分。どんなに遅くとも、10時には飛行場に着かないと帰れません。でも、チャナッカレまで行くのに3時間。フェリーに乗って対岸に渡るので、30分から1時間。そこからさらに200キロ以上。合計で6〜7時間はかかります。
 そこで、深夜2時半にはホテルの出発となりました。(苦笑)
     
   気を取り直してさっそく夕食です。時間もないので、そのままレストランへ行き席に着きました。手も洗う時間が無かったので、皆にウェットティシュを回します。
 過酷なスケジュールのお詫びとして、ビールなどは飲み放題となりました。私の周りではワインを注文して飲んでました。12時前には食事も終わりましたが、部屋で仮眠を取る人達を見送り、我々は更に飲み続けました。日付が変わって、5月6日になっています。
     
 ビデオ画像予定    1時半には、部屋に向かいました。ビデオのバッテリーも充電したいし、シャワーくらい浴びないと、日本までの丸1日長旅は耐えられない。部屋はシャワーのみでした。服を脱いで、お湯を出しましたが冷たいまま。ずっと待ちつづけましたが、駄目。体にボディシャンプーをつけてしまっていたので、諦めて水のまま浴びつづけました。帰りに風邪をひいたのは言うまでもありません。

 震えながら慌てて着替えて荷造りをすると、もう出発の時間。名残惜しい?ホテルを後にして車上の人となりました。明るい太陽の下で見たら良いリゾートホテルなんでしょうが、我々には冷たいホテルでした。すぐ外は海で、ボートらしい影も見えました。外に出なかったので、どうだったかは謎のままです。
 心残りは、ターキッシュコーヒー。途中で購入したのにレストランに忘れてきてしまったようです。ビデオにはしっかり包み紙が写っていました。(・_・、グスン